みなさんがいずれかの国家公園に足を踏み入れられる際に、以下のようなことをちょっと思い出してみてください。国家公園は「人」の欲望を満たすためにだけ作られたのではありません。人類以外の生物にも生存の空間を残すという目的もあるのです。日頃は気付かない国家公園との付き合い方を考え直してみましょう。
多くの人は登山の際に身の安全のために、真っ赤なジャケットや帽子を身につけたり、ザックに鈴をつけたりします。なかには大声で話しながら歩く人もいます。あるいは、日頃のストレスや憂さを晴らすため、騒ぎに来たという方もおられます。しかしそうした方が帰られた後は、周辺の小動物たちはこぞって何処かへ引っ越してしまっているのです。
あまり知られてはいませんが、すべての色はいろいろな「光譜=Spectrum」を発しています。「光譜」によって生物が受ける刺激も異なります。赤は大多数の鳥や獣にとって、避けたい刺激なのです。その効果は高周波数の音(とくに金属音)と変わりありません。登山道の周辺では、どうして鳥や獣を見かけないのでしょうか。それには、こうした原因があったのです。多くの子供たちが好きな凧上げも、国家公園では好ましくありません。凧といえば、無害の遊びにみられがちですが、小型の鳥や獣たちにとって、天空を飛び交う「大きな物体」といえば、それは鷲や鷹にほかならないのです。一時間も「鷹」が空を飛んでいれば、その下の小動物は逃げて行くのが当たり前です。
登山家たちの多くは山を愛していると言い、なかには山の守護者だと豪語する人さえいます。そんな人類の主観的態度から自然に対していいのでしょうか。我々は自然界の生命に限りがあることを知っています、大部分の人は大自然の生命について語る時、人類の需要を前提に異なる生命を見ているのではないでしょうか。山を愛するというなら、まず人本位の思考方法を捨てなければなりません。自然に対する知識には限界があることも忘れてはなりません。まず生物たちの現有の生活スタイルを守ることを第一にし、そのうえで我々の需要を満たすことを考えるべきでしょう。他の生命にストレスを与えるような行楽は調整すべきときにきています。さもなくば、我々の視界から、森の生き物たちは消えてしまうでしょう。もういちど自然との関係を誠実に検討しなおすことによって万物の共存が可能なのです。 |