二十周年記念草山(陽明山)を語る-画像による回顧展(25周年看板)
陽明山国家公園は大屯火山群の中央地帯に位置し、淡水河、台北盆地、北海岸、基隆等の場所に隣接しています。古くから、本園区および近隣地区には南島語系の原住民と平埔族のケタガラン族コミュニティが居住しており、彼らは自分たちの生活と経験をそれぞれ持っていましたが、近隣地区の海流と旧航路が通っていたため、多くの外来人と文化ももたらされました。
数千年来、硫黄等の物資を求めて、海峡両岸間の交易の往来があり、また400年にわたってスペイン、オランダがこの場所を植民地として、西洋文明をもたらしましたが、同時に資源の略奪も行われました。明鄭時代の短期の統治においても、多くの伝説が伝わりました。清代の康熙、雍正、乾隆年間、福建等の地からやってきた漢族の移民が次から次へと台湾に渡来して開拓を行い、同時に閩南の漳泉および客家の民族と文化がもたらされました。ここへやってきた彼らは山林を開墾して農地とし、大菁、茶葉を栽培したり、樟脳の生産を行いました。日本統治時代になると、初期は簡大獅抗日義勇軍が陽明山を守っていました。匪賊の平定後、日本の統治者は大屯山造林運動、皇太子の来訪、蓬莱米原種田の育成、草山温泉の開発、統治40年台湾博覧会草山分館の展示、大屯国立公園の計画と推進、大嶺峠牧場の設立等を行いました。
戦後、草山から陽明山と改名され、かつ陽明山管理局が設立されました。さらに草山行館、中山楼等も設立され、陽明山は社会の名流、官員たちの出入りする場となり、また人々が登山やレジャーで訪れる場所となりました。
陽明山400年来の歳月を保存するため、本処は20周年を記念して「陽明山20周年映像回顧展」を開催しました。展示場は陽明書屋大忠館2階に開設され、各種古跡跡地や産業遺跡、原住民生活文化の古写真、地図、空撮衛星図等の文献資料を展示し、人々の懐古と多くの学生たちの人文教育の基礎として提供しています。
本展示は陽明山人文史跡を深めるという重要な使命を担っています。陽明書屋を訪れる皆様はぜひ本展示場にも足をお運びください。陽明山文化のタイムトンネルを歩いてみることで、400年来の多元的な文化と変遷を垣間見ることができます。