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大屯火山群の地形と地質-緣起

噴火の歴史
第一段階の噴火活動

第一段階の火山爆発は約280万年前から250万年前の期間に発生し、場所は現今の大屯火山群東部と西部で、原始の丁火朽山と、原始の大屯山が形成されました。この段階の噴火は東側半分から開始し、初期の火山爆発では、地底に相当のエネルギーが蓄積されていたため、爆発の威力が特に強大で、大量の火山火砕物が空中に噴出された後落下したり、すでに形成されていた険しい火山体に沿って四方八方に流れ、さらには現在の北海岸までも流れて、これらの火山砕屑岩が山全体を覆い、大屯山火山群の底部が形成されました。

後期の噴火の威力は徐々に小さくなり、このとき噴出されたマグマは空中に噴射されず、静かに火口から流れ、一層の約50mの溶岩流が流出し、今日の丁火朽下半部の厚い安山岩の層が形成されました。西側半分の噴火は東側半分より約30万年遅く、これにより原始の大屯山が形成されました。その劇烈さは原始の丁火朽山には及ばず、マグマが東側半分ですでに大量に流出しており、地底のエネルギーが大量に放出されていたためか、西側半分では少量しか発生せず、局部的に火山砕屑岩が今日の大磺嘴地熱区付近に分布しただけでした。その後、大屯火山群は150~160万年の間静かになり、第二段階の噴火が始まりました。

 
第二段階の噴火活動

第二段階の火山活動はかなり活発で、時期は80万年前から、20万年前まで続きました。始めは今日の竹子山亜群で、いくつかの小さな噴火活動があり、続いてたくさんの継続的で激しい爆発が誘発されました。今日の七星山、小観音山、礦山、湳子山、八斗子山、竹子山はいずれも80万年~60万年前の火山の噴火によって形成されました。今から60万年~50万年前の期間に、七星山はさらに一度の大規模な噴火があり、現今の主峰の横に厚さ約4mの火山砕屑岩が堆積しました。七星山の山頂部にも小さい火口が残っています。大屯山の噴火規模は小さくなり、竹子山は噴火を停止しました。反対に淡水河の対岸では、この期間火山の噴火が発生し、今日の観音山が形成されました。今から50万年~30万年前の間、火山噴火活動の劇烈さが徐々に収まり始め、このため40万年前に形成された烘爐山、面天山は完全な円錐状火山の形状を保っており、七星山(成層火山)のような険しさはありません。七星山の横の割れ目に沿って出た溶岩流もこの期間に側火山を形成し、紗帽山と命名されました。紗帽山は大屯火山群で最後に形成された火山であり、ここに至って大屯火山群の噴火活動は完全に停止し、マグマの余熱のみで後火山活動が継続しています。20万年休んでいる大屯火山群が再び噴火するか否かについては、学者の研究によって、大屯火山群と基隆山、亀山島等の火山は相互につながっており、全体が1つの巨大なマグマだまりであることが証明されていて、現在亀山島の海底火山にはまだ活動の形跡があり、大屯火山群も再び目を覚ますときがくる可能性があり、それは千年後、または一万年後かも知れませんが、これまで学者や専門家たちが熱心に研究をしているものの、誰も確実な答えを持っていません。